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攻撃を続けるよう

攻撃を続けるよう

飛行機が着陸したあとも毛沢東はハーレー大使の傍らにぴたりと付いて離れず、蒋介石が用意した専用車を断ってハーレー大使の車に同乗した。毛沢東は同時に、自分がいちばんよく理解している安全策を実行した。すなわち、自分が重慶にいるあいだ国民党軍に対する攻撃を続けるよう共産党軍に命じたのである。毛沢東の身に何かあれば共産党勢力は内戦を激化させるぞ、という脅しである。毛沢東は近々(米軍機で)八路軍司令部へ移送されることになっている共産党軍司令官たちに対して、存分に暴れまくるよう指示した。

 

きみたちが派手に戦えば、それだけわたしの身は安全である、というわけだ。共産党軍が上党戦役に勝利をおさめたとき、毛沢東は喜色満面で、「たいへん良い― 戦闘が大きいほど、勝利が大きいほど、わたしが生還できる希望も大きくなる」と述べた。重慶滞在中、毛沢東がパニックに陥ったことが一度あった。ハーレー大使が九月二二日に重慶を離れ、続いて蒋介石が二六日に重慶を発ったのを見て、自分に対する暗殺計画があるのではないかと恐れたのである。周恩来がソ連大使館へ派遣され、毛沢東をソ連大使館に滞在させてくれるよう交渉したが、ソ連大使アポロンoペトロフは態度をはっきりさせず、モスクワヘ打電して指示を仰いでも返事を得られなかった。